都知事選でのポピュリズム
トランプ米大統領の誕生、イギリスのEU離脱、フランス大統領選挙でのマクロン旋風(※1)。「ポピュリズム」の嵐が世界を吹き荒れると思っていたら、わが日本でもポピュリズムの嵐が吹き荒れた。
※1 フランスにおける、エマニュエル・マクロン氏への急激な支持拡大の現象をいう。自らが率いる「前進!」から大統領選挙に立候補し、2017年5月、極右政党「国民戦線」の候補を抑えて史上最年少39歳の大統領が誕生した。続いて6月、下院の国民議会議員の選挙では、577議席のうち「共和国前進」が308議席を得て大勝し、既存の二大政党が大きく議席を減らした。
2017年7月2日に実施された東京都議会議員選挙。「自民党」「都民ファーストの会(※2)」の、都議会第1党をめぐる激しい戦いが繰り広げられたが、結果は、「都民ファーストの会」が圧勝し、都議会第1党となった。得票数で見ても、「都民ファーストの会」は約188万票。自民党は約126万票。2013年から40万票近く減らす惨敗だった。
民進党が、民主党だった2013年の約69万票から約39万票と、候補が立てられなかった選挙区が多かったことを割り引いても30万票減らす壊滅的結果だったが、それくらい、「都民ファーストの会」が既成政党から票を奪い取り、無党派層の票を引きつけた、ということだろう。
自民党は、豊田議員の暴言・暴行問題、萩生田官房副長官の加計問題に関する発言の記録、稲田大臣の失言、下村都連会長の政治資金問題などが立て続けに週刊誌などに報道され、オウンゴールの連続で、この4つが「THIS IS 敗因」といわれ、自民党への批判票が奔流のごとく都民ファーストの会に流れ込んだ。
※2 創設者は東京都知事の小池百合子氏で、自らが主宰する政治塾「希望の塾」を母体とする日本の地域政党。昨年2016年7月の東京都知事選挙では「都民ファースト」を掲げて、前任者の政治とカネの問題、自民党都議会の体質を批判して支持を集め、自民党公認の増田寛也らに大差で当選した。
小池都知事のプロパガンダの手法とは
自民党のオウンゴールがなければ、これほどの自民党の惨敗にはならなかっただろうとは言われているが、昨年7月からの約1年間の小池都知事の動きは、知事に当選してから、メディアに巧みにニュース価値を提供し、支持を獲得していく「メディア・ポリティクス」(※3)を鮮やかに展開してきた。
※3メディアを意識した政治のこと。新聞やラジオ、テレビなどのマス・メディアに加えて、近年ではインターネットという新たな情報媒体が登場した。ツイッターやSNSの多用が巻き起こす問題性については、アメリカのトランプ大統領の例など、周知のとおりである。
2016年7月31日に実施された東京都知事選挙で約291万票を獲得した小池百合子都知事は、プロパガンダでの「ネーム・コーリング(※4)」の典型的な手法を用いた。
「都議会はブラックボックス」と都議会のドン、内田茂都議(当時)を悪者に仕立て上げ、メディア受けする「戦いの構図」を作り上げた。
築地市場を豊洲市場に移転することが11月7日と決められていたにもかかわらず、選挙公約に従って移転を延期し、盛り土がなされていなかった問題を掘り出し、「地下空間」にメディアの注目を集めさせ、地下水の汚染問題などを喧伝して移転延期の正当化に成功。
東京オリンピックの会場問題でも、経費節減を謳ってボート会場の変更、バレーボール会場の変更などを打ち出し、他の自治体も巻き込んで、騒動を巻き起こした。
金曜日の小池都知事の定例記者会見となれば、民放各局が生中継し、それが視聴率にも結び付くというWIN-WIN効果で、小池都知事はすっかり「メディアの寵児」となった。
2017年2月5日に投開票された千代田区長選挙では、現職の石川雅己区長を支援し、石川氏は都議会自民党と自民党東京都連が擁立した与謝野馨元衆議院議員の甥・信氏をトリプルスコアで破り、当選した。
※4 対抗する人・組織にマイナスのレッテルを貼り、憎悪や恐怖など、有権者の感情に訴えて自らの支持を獲得していく政治手法。メディアやインターネットで繰り返し流されるステレオタイプ化された情報により、有権者は次第に対象者への憎悪を深めて不支持に傾いていく。
小池都知事のポピュリズム政治にもほころびが
だが、この時点で、こういったポピュリズム政治も綻びは見えていた。「豊洲市場への移転の延期問題(※5)」はその最たるものだろう。
盛り土がなされていなかった問題を掘り出したまでは良かったが、地下水の汚染などについては、専門家に「安全に影響はない」と言われ、逆に築地市場の汚染問題なども報道され、石原慎太郎元知事から、「安心と安全をごちゃまぜにしている」と批判された。
都議会自民党は、「豊洲への市場移転」を早々と都議会議員選挙の公約に掲げ、小池都知事に対して「決められない知事」のレッテルを貼り猛攻撃したが、いわば追いつめられた形で、「決められない知事」の汚名を挽回すべく、都議選の告示直前になって、「豊洲移転、5年後に築地の市場機能復活も含めた活用を検討」という中途半端な併用案を打ち出した。
小池都知事の併用案は、玄人筋にはきわめて評判が悪く、「豊洲と築地の両方に市場機能など不可能」「財源をどうするのか、まったく明らかにしていない」など。「選挙目当てのパフォーマンス」と散々だったが、告示期間中の6月24日、25日に通信社・新聞社等が共同で行った世論調査では、小池都知事の「豊洲・築地併用案」を、約55%が「評価する」と答えた。こういった巧みな争点隠しで、少なくとも都議選は乗り切れた。
しかし、選挙後になって、豊洲市場で開業予定だった「千客万来」が、豊洲市場と築地市場の二重市場では採算が取れないとして豊洲市場からの撤退を表明。
小池都知事のポピュリズムの一端が垣間見えたが、安倍内閣への大ブーイングの陰で、この問題はまだ表面化していない。
※5 老朽化した築地の東京中央卸売市場について、2016年11月、豊洲新市場に移転する予定であったが、それが延期されている問題。小池百合子都知事の就任後、新市場の盛り土対策が十分でないこと、土壌や地下水が汚染されていることが明らかとなった。また、東京都のガバナンスや資金の流れなど、問題がさまざま輻輳している。
また、小池都知事は選挙前になって自民党に離党届を提出し、都民ファーストの会の代表になり、「都民ファーストの会」 VS 「都議会自民党」の対立図式がより鮮明にした。
これも、小池都知事は都議選後に「二元代表制(※6)の中でご批判がある」として、選挙後に代表を降りてしまう。
二元代表制の上で疑義がある、ということは承知の上で集票のために代表になったのに、選挙期間だけの代表では、「だまされた」と感じる有権者も多かったのではないか。
これも、選挙目当てのパフォーマンスとの批判が湧き上がったが、自民党批判の嵐の中で、表面化していない。
※6 住民が直接選挙によって、首長と議員を別々に選ぶ制度のこと。2017年7月2日の東京都議会議員選挙では、小池百合子都知事が地域政党「都民ファーストの会」を率いていることから、地方自治の二元代表制も重要なテーマとなった。
ポピュリズム政治の行方は!?
この先、ポピュリズムで都知事選、都議選を勝ち上がってきた小池都知事は、何をしようとしているのだろうか?
過去の「ブーム」は、国政に結びついている。1993年6月27日に行われた都議選では、「日本新党ブーム」で日本新党が公認だけで20議席を獲得、自民党、公明党に次ぐ都議会第3党となった。その立役者となったのが、日本新党の参議院議員だった小池百合子氏だが、その後行われた衆議院議員選挙での「新党ブーム(※7)」の先駆けとなった。
※7 1980年代末から、政治腐敗や派閥政治の横行を背景に、多くの新党が生まれた現象。1992年の細川護熙(元熊本県知事)による日本新党、1993年の武村正義らによる新党さきがけ、小沢一郎らによる新生党をはじめ、その後も次々と新党が誕生し、政治の刷新を期待する保守系浮動票や既成政党への不満票を吸収していった。
2009年7月12日に行われた都議選では、民主党が54議席を獲得して都議会第1党となり、自民党38議席・公明党23議席を合わせても61議席と過半数割れに追い込み、その後の衆議院議員選挙での「政権交代」序曲となった。
「都民ファーストの会」に集まってきた国会議員は、国政レベルでも小池新党を作ると噂されている。これからも、巧みなメディア戦略で、自民党批判の受け皿となり、一向に支持率が上がらない民進党を切り崩して、民心党内の保守派なども取り込み、「小池新党ブーム」を狙っているのか。
1年間は選挙キャンペーンを上手に展開したが、さらに国政レベルでも選挙キャンペーンを展開するのか?
衆議院の任期は来年12月だ。都議選に続き、国政でもポピュリズムの嵐が日本の将来を決めていくことになるのか?
ポピュリズムには波がある。大衆の支持は移ろいやすく、いつまでもメディアにニュース価値を提供して支持を得続けるわけにはいかないだろう。
有権者がポピュリズムに醒めたとき、どんな未来の形を有権者が思い描くのか。
歴史的にそうであったように、空虚な冷笑主義(※8)が支配してはなるまい。
※8 シニシズム。一般的な社会の慣習や既存の価値観・理念などに対して、懐疑的に捉える考え方。古代ギリシャに遡り、ギリシャ哲学のキュニコス学派では世俗的慣習が否定されていたという。
議論の窓